「街と車」　～　「NAVI」表紙写真ストーリー　 Vol.1

写真・初沢克利

東京でシトロエン２ＣＶはあまり見かけない。一度だけ自由が丘にある奥沢神社の前の通りで見たことがある。20年前の出来事だが、鮮明に憶えているのは大女優が乗っていたからだ。
その大女優は現在、癌と戦いながら映画に出演している。公開されたばかりの映画の宣伝でテレビに出ていたが元気そうだった。
車はワインレッドとブラックのツートンカラーでシックな感じだった。
そのころ私は自由が丘にある楽譜出版社で編集の仕事をしていた。社長は80代の女性で階段を昇るのがつらいので、小さな貨物用のエレベーターに乗って出社していた。中からは扉は開かないので2階に着くと社員が慌てて扉を開ける。私は20代で昔のひとは凄いな、と思ったのを憶えている。
話を車に戻そう。日本でドイツ車のビートルはよく走っていたが、フランス車のシトロエン２ＣＶはそのとき以来、一台も見てない。日本では数が少ないのだろう。
ヨーロッパではポピュラーな車で、パリでシトロエン２ＣＶを見ない日はなかったと初沢克利氏は言っている。
２ＣＶは「ドゥシュヴォ」と発音する。意味は2馬力で1948年当時のフランスの課税基準出力を名前にしている。エンジン出力はそれ以上あったが非力であることには変わりがない。しかし、フランスの国民車と言っていいくらい普及したのは一度見たら忘れないスタイルの良さのせいだろう。実際、私は25年くらい前に見たとを鮮明に憶えているのだから間違いない。
初沢克利氏はパリで２ＣＶをたくさん撮影している。このコーナーでも何回か登場する。
この写真の２ＣＶは自宅の近くのモンパルナスの通りに止まっていた。1989年くらいに撮影したという。
車にLOVEと落書きのような文字で描かれている。アート作品ということなのだろうか。モンパルナスという場所にふさわしい一枚になっている。後のコートを着た男も気になる。芸術家だろうか。
「この写真もNAVIの表紙になったのですか」
私は初沢克利氏に聞いた。
「表紙になったのかな。あまりにも多過ぎて憶えていない」
青山にある写真スタジオの一室でそう語った。
（文・渡辺久浩）