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BookReview ⑧『まるわかりEV』~いいEVを世にだすには時間と労力がかかる!

2018年5月23日更新

まるわかりEV_トップweb

トヨタのEVシフトは
満を持しての決断だった!?

この本には、「EVはどういう仕組みで動くのか」といったような話はあまりでてこない。おもに、どのメーカーがきたるべきEV時代の覇権を握るかといった経済的な話で一冊が終始している。

そもそもが日経ビジネスのムック本なので、そこらへんについては暗黙の了解ということになるのかもしれないが、それでもあえていうなら、この本は『まるわかりEV』ではなく、『まるわかりEVビジネス』としたほうが正しいといえるだろう。

というわけで、『まるわかりEVビジネス』と視点を切り替えれば、最新の各国のEV事情、それに対応する各メーカーの動き、今後の展開がどうなるかなどの概要を知るために、この本はとても役に立つ。

とくにプロローグ「そして、トヨタが本気になった――世界で加速するEVの奔流」と、その後につづく「勢力図はこう変わる――自動車メーカー・電池・素材・半導体・地図・カーシェアリング・保険」という記事は、EVビジネスの世界をとてもわかりやすく解説してくれている。しかも、単に事実関係を整理しただけでなく、しっかりとした取材に基づいた秘話も盛り込むなどしているため、読み応えも十分だ。

たとえば、トヨタが2017年の12月にEVシフトを鮮明にし、パナソニックと提携した経緯についてはこう書かれている。

“なぜトヨタは変心したのか。一つの理由はトヨタが東京工業大学などと組み、開発を進めてきた「全固体電池」の実用化のメドが付きつつあることにある”

“トヨタは東京工業大学との共同研究において、一般的なリチウムイオン電池の2倍のエネルギー密度と3倍の出力密度を実現できる全固体電池を試作。―中略― この電池をEVに搭載した場合、わずか3分程度で充電できる可能性がある”

“「画期的な全固体電池の技術開発が進んでいるからこそ、トヨタはEVに力を入れるようになった」トヨタの技術系のある幹部はこう明かす。パナソニックとの提携も、この全固体電池の実用化を視野に入れたものだ”

トヨタの変心は、世界的なEV化への急速な動きに慌てた末のドタバタからではなかったのだ。ずっと前から独自にEV化への動きをはじめていて、これでいけそうだとの確信をもった段階で、やおらEVシフトを宣言したということなのである。勉強になる。

一読の価値がある
一編の開発ドキュメント

じつは、この二つの巻頭の記事は合計するとわずか15ページしかない。ある意味、立ち読みできるボリュームだ。

その後につづく数百ページにおよぶ本編では、各自動車メーカーごと、新規参入しているメーカーごとの“EVビジネスの有り様”に深く切り込んだ記事が連なる。それぞれの記事はそれなりに興味深くはあるものの、EVそのものから離れるきらいが強くあるので、読み手の興味によって評価はわかれるだろう。もし、EVを取り巻く現状をざっくり俯瞰したいだけなら、まさに巻頭部分の立ち読みで十分。購入するまでのない、ということになる。

しかし、それでもあえて購入することをお奨めしたい。なぜなら、それらビジネス記事だらけのなかに一つ、EVというクルマのことをよく知るためにぜひ読んでおきたい長い佳作がひっそりと潜り込んでいるからだ。

それはChapter1のなかにある、「日産自動車――新型『リーフ』開発ドキュメント」という記事。内容はタイトルのとおり新型リーフ誕生までの開発経緯をつまびらかにしたものだが、これのなにがいいのかというと、EVというクルマをつくるということがいかに大変でかつ感動的か、読む者に訴えかけてくるのである。

たとえば空力デザイン。EVにとっての空気抵抗の軽減は、エンジン車のそれよりも大きな課題となっている。日産の開発陣はそれを長い時間と多大な労力をかけて克服していき、これまでの2倍の航続距離を誇る新型リーフの販売にこぎ着けたのだという。
“航続距離を最大限に延ばすには、走行時の空気抵抗を減らすのが最も効く。―中略― エンジン車の場合、エンジンなどの部品で生じる熱による損失が大半で、空気抵抗による損失の割合は全体の13.3%。これがEVだと59.3%に跳ね上がる”

“目標は現行リーフ(3040kiWhのバッテリーの場合)の40%増の400㎞。―中略― バッテリーの性能を40kiWhに引き上げても、400㎞の航続距離は空気抵抗を最小限に抑えられなければ実現できない高いものだ”

“2016年暮れに近づいたある日、日産テクニカルセンター(神奈川県厚木市)内の風洞実験設備に突如、大きな歓声が響き渡った。―中略― 風洞実験の結果、高級車並みの静粛性と航続距離の延長に欠かせない空気抵抗の抑制で、社内で設定していた厳しい目標をクリアしたばかりだった”

これまで、われわれは「EVはエンジン車とちがって部品点数が少なくシステムもシンプルなので、つくるのがカンタン。それ故に自動車メーカーならずとも参入がしやすい分野といえる」といったような論を散々聞かされてきた。
しかし、この記事を読むと、空力デザインのみならずさまざまな苦労がともなうことがよくわかり、その論はまちがっているかもしれないという思いをもつに至る。新規参入してくる企業に、こんな難しいことができるのかという素朴な疑問が浮かぶのだ。
すなわち、「餅は餅屋」のたとえのごとく、「EVも、やはりクルマをつくる専門家である自動車メーカーがつくったものに信頼を置くべきだろう」という気持ちが自然と強まるのである。

こうした意識はある意味で保守的であり、ダイナミックに変革していくであろうEV時代にそぐわないのかもしれない。
しかし、それはEVをビジネス的側面で見るか、技術的側面で見るか、によるのではないだろうか。技術的側面で見れば、いまの時点では既存の自動車メーカーが優位であることは明らかであろう。
評者としては、「名車」といわれるEVが、“ものづくり”に執着する技術者たちの手で世に送り出されることを、心から願うばかりだ。

とにかく、巻頭の二つのビジネス記事に加え、新型『リーフ』開発ドキュメントを読めば「目からウロコ」となり、これまで以上にEVへの理解度が深まること請け合いだ。ぜひ購入して手元に置かれることをオススメしたい。(文:みらいのくるま取材班)

まるわかりEV_表紙web

『まるわかりEV(日経BPムック)』

・2018年4月23日発行
・発行:日経BP社
・価格:907円+税

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