画像提供:一般社団法人日本自動車工業会
東京都は2019年2月15日、都庁にある都民ホールで一般向けの『自動運転シンポジウム』を開催した。
この日、会場には一般の都民だけでなく業界人とおぼしき人の姿も多く見られたが、定員250名の座席はほぼ埋まっていて、今後の自動運転社会の行く末、そして都が税金を使ってまで自動運転化支援に積極的に取り組む訳を知りたいと考える人がいかに多いかがうかがい知れた。
シンポジウムのメインテーマは『自動運転が実現すると私たちの暮らしはどう変わるのか~自動運転がもたらす未来』というもの。前半では、都の職員、自動車ジャーナリスト、自動運転車事業を推進する企業人、日本自動車工業会関係者の計5名が、それぞれの立場と視点で自動運転に関する講演を行った。
それぞれの立場からどんな発言があったのか。以下に、各講演の概要を俯瞰しつつ、傾聴すべき発言をピックアップして内容の一端を紹介したい(一部に省略・補足・意訳を含む)。
移動の諸問題を解決する自動運転は
もはやSFの世界の話ではない
講演が始まる前に、まず主催者側である東京都の政策企画局次長の松下隆弘氏が開演の挨拶を行った。
氏は、その中で、なぜ東京都が自動運転交通の実現に向けて積極的に動いているのか、そして実際にどのような内容の活動を行っているかについて触れた。
それによれば、今、地方においては高齢者をはじめとする移動制約者の増加や、深刻化する職業ドライバーの不足などが大きな問題となってきているが、意外なことに交通の便が良い大都市・東京も決して例外ではなく、それら
を解決する手立てとして自動運転の推進は急務となっているのだという。
松下隆弘氏(東京都政策企画局次長)
「都心でバス路線を一つ増やそうとしても、運転手さんが足りないために実現が難しくなってきている。特に郊外の多摩ニュータウンは、それが非常に深刻。無人運転以外の方法で移動手段をつくるのがほとんど不可能になりつ
つある」
「したがって、自動運転は絵空事とかSFの世界の話ということではなく、明日にでも実現していかなくてはならない技術であり、取り組みとなっている」
「こうしたことを受け、東京都は、自動運転の実証実験を行う事業者が各省庁の許認可などを一括して行える『東京自動走行ワンストップセンター』を設け、積極的に支援を行っている」
「また、今後、自動運転の実現のためには法整備が必要なのだが、その前提として都民の皆さまにご理解を深めていただき、機運を醸成することも重要。今回のシンポジウムはその一環として開催した次第である」
自動運転の社会実装実現には
市民側の「受容性」が鍵となる
一人目の講演者は、国際自動車ジャーナリストであり、内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)自動走行システム推進委員会構成員も務めている清水和夫氏。
氏は『自動運転の2019年最前線』の講演タイトルのもと、主に自動運転技術が高度に進んでいるドイツやアメリカの事例を紹介しつつ、日本におけるさらなる自動運転化推進の必要性についてを語った。その中で印象的だったのは、自動運転の社会実装実現のためには、実は「社会受容性」こそが重要であると説いたことだ。
清水和夫氏(国際自動車ジャーナリスト)
「自動運転の技術的な課題ははっきりしている。コストの低下と信頼性を高めていくこと」
「問題は社会受容性。最初のうちはシステムによる事故が起こらなくはない。そういったことを、私たち市民がどう受容するか……。完全なものを求めたら、自動運転実現はかなり遅れてしまう」
「だから、今の段階から『1000回に1回くらいのミスだったら許すよ』とか、『仮にシステムが事故を起こしても被害を最低限に抑えられるなら受容するよ』とか、そういったことをしっかり議論していく必要がある。つまり、How Safe is Safe Enough?(どこまで安全だったらいいの?)を考え、明らかにしていくべきだ」
「これは行政だけではできない。こうしたイベントを通じて都民の皆さんと密に対話していくことが重要だと考える」
「ちなみに、私は幼いころに行われた前回の東京オリンピックの前に首都高速道路ができたのを目撃し、それでモビリティの未来を感じた。今回のオリンピック・パラリンピックでは、自動運転車の出現によって若い人たちにそうした未来を実感してもらいたい」
2020オリパラ時期の実証実験は
日本の先端技術のショーケースに
二番目に講演したのは、東京都政策企画局戦略事業担当部長である田尻貴裕氏。
『自動運転に関する東京都の取組について』という講演タイトルで、現在、都が取り組んでいる自動運転化推進のための事業内容(『東京自動走行ワンストップセンター』の役割および各地で実施している実証実験の支援)と意義について語った。
その話は、先に登壇した松下氏の話と重なる部分が多かったわけだが、都が2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催時を当面の照準に定めて自動運転に関する具体的な取り組みに力を入れていることがよくわかる内容となっていた。
田尻貴裕氏(東京都政策企画局戦略事業担当部長)
「来年、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの直前に、日本自動車工業会が羽田や臨海部で80台の自動運転車が走るという大規模な実証実験を行う。これは、日本初の取り組みであり、(日本の自動運転に関する技術力の高さを)世界各国に示すショーケースとなり得るため、実施する意義は非常に大きい」
「(この成功に向けて)国を挙げての取り組みになっているが、都も、信号、白線といったインフラ整備の準備に取りかかっている」
「(とはいえ、都の自動運転への取り組みは2020年で終わらず)2040年ぐらいの自動運転車が走る都市像までもイメージしている。ただし、こういう素晴らしい社会は一朝一夕にできあがることはないので、先端技術のメリットを都民の皆さまに享受いただけるよう十分に安全を担保しながら、一歩一歩こういう事業を着実に進めていきたい」
日本のタクシー文化を守るために
自動運転タクシーを実現させたい
講演の三人目は、東京を中心としてタクシーを配車している日の丸交通株式会社の代表取締役社長である富田和孝氏。
氏は『自動運転タクシーがタクシードライバーを守る』のタイトルで、タクシー業界が現在の世界のライドシェアの潮流を苦々しく捉えている事実と、日本におけるドライバー不足ならびに高齢化によって生じている課題などを紹介しながら、それらを解決するものとしての自動運転タクシーの必要性について語った。特に興味深かったのは、「ライドシェアが日本には合わない」と主張していた点だ。
富田和孝氏(日の丸交通株式会社代表取締役社長)
「われわれタクシー業界はライドシェアの導入に猛反発している」
「理由は既得権益を守るためではない。欧米や中国で展開されている一般の自家用車によるライドシェアは接客、安全面のレベルが低く、それがもし日本に導入されると、世界に誇る日本のタクシーのおもてなし文化や安全運行習慣が損なわれ、お客さまのためにならないと考えるからだ」
「それで今、ドライバー不足と高齢化の問題を解決し、かつこのライドシェアの流れを食い止めるために、日の丸交通では(ドライバーによるおもてなしと安全が残る形の)自動運転タクシーを補完的に導入していこうとしている」
「既に2018年の8月に都の支援をもらいながら大手町~六本木間でドライバー同乗の自動運転タクシーの公道実験を行い、利用者から好評を得た。2020年にはやはり都の支援をもらいながらレベル4の(安全を担保し、かつ観光案内などのおもてなしが提供できるドライバーが同乗する)自動運転タクシーを東京の街に実装していきたいと考えている」
1万人近い試乗者の93%が
自動運転バスに安心感を覚えている
四人目の講演者は、自動運転バスの社会実装を目指して、東京をはじめ各地で実証実験を行っているSBドライブ株 式会社の代表取締役社長兼CEOの佐治和基氏。講演のタイトルは『UPDATE MOBILITYに向けたSBドライブの挑戦』。これまでSBドライブが各地で行ってきた実証実験のあらましと意義などが語られた。
佐治和基氏(SBドライブ株式会社代表取締役社長兼CEO)
特筆すべきは、この講演当日に多摩ニュータウンで行われていた実証実験のリアルタイムな映像を遠隔操作ソフトを使って会場に流し、具体的な自動運転バスの実現の可能性の大きさを印象付けたことだ。運転手がハンドルから両手を離した状態で、乗客の乗ったバスが走行をしている様子は、シンポジウムの聴衆の目を釘付けにしていた。
とはいえ、佐治氏は、こともなげに「こういう自動運転の技術はあくまで手段に過ぎない」といい、大事なのはそれによってもたらされる利便性や暮らしの豊かさ方であって、それを理解・実感した市民(都民)がどれだけ増えていくかが実用化の大きな鍵になると語っていた。実際、SBドライブは、そのために試乗した人たちの意識調査を怠りなく行っているという。
「これまで自動運転バスだけで2万㎞の実験をやり、試乗者はもうすぐ1万人に達する」
「各地で試乗した人たちに『この車両、一人で乗れますか?』というアンケートを取ったところ、老若男女の93%が『大丈夫』と答えている。中には『横に動くエレベーター(動く歩道)といっしょじゃないですか』という声が出ているほど」
「不安としてあったのは、料金の支払い方であったり、路線を間違えて乗った場合にどうすればいいかということぐらい。これは実用化を前提にした疑問といえる」
「(こうした声に手応えを感じつつ)今後の実験、そして実用化に繋げていきたい」
2020年の大規模な実験では
インフラ協調型の自動運転車が登場
最後の五人目の講演者は一般社団法人日本自動車工業会・2020検討会主査であり、トヨタ自動車株式会社オリンピック・パラリンピック部副部長である沼田泰氏。
沼田泰氏(一般社団法人日本自動車工業会・2020検討会主査)
『東京臨海部自動運転実証について』という講演タイトルで、先に都の田尻氏が触れていた2020年の東京オリンピック・パラリンピック開会直前の7月6日から12日に行われる自動運転実証実験の概要についての紹介を行った。氏によれば、それは、とにかく前代未聞といえるほど大規模なものになるという。
「2020年のオリンピック・パラリンピックを節目に自動運転を盛りあげていきたいということで、羽田空港周辺、羽田とお台場を結ぶ首都高速上、お台場・有明といった臨海副都心地域といった概ね三つのエリアで、自動車メーカー10社が参加する形で80台の自動運転車を走らせ、約8000名に乗っていただくことになる。この種のデモンストレーションとしては過去最大規模となる」
「羽田では自動運転バスの運行を中心に考えている。羽田とお台場を結ぶ首都高ではレベル2~4相当自動運転車による路車連携による走行支援など、臨海副都心の一般道ではレベル2~4相当自動運転車による信号情報配信による交差点走行支援など、インフラ協調システムの実証実験を行う予定」
「これによって何が目指されるのか? パラリンピックを夏の大会で2回目をやるのは東京が初となるわけだが、障がいのある方、高齢者の方などが自由に移動できる社会像を業界を挙げて提示させていただくということになる」
「ところで、今のセンサーがたくさん付いたイージス艦のようなクルマが手ごろな値段で提供できるかというと、そうはなっていないのが実情。(自動運転の実用化ならびに普及を考えると)やはりインフラとの協調を含めた領域での開発・整備が必要で、その方向での自動運転のレベルアップも図るべき。なので、実験ではそれに関することも行う予定となっている」
「このデモに参加するための応募方法については、今年の秋のモーターショーでアナウンスする予定。ぜひ多くの方にご試乗いただきたい」
(後編に続く/文:みらいのくるま取材班)
東京都主催『自動運転シンポジウム』レポート
(前編)東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて自動運転の動きが急!
(後編)自動運転車が走る都市には人間中心の交通社会ができる!