スムースな走行が好タイムのコツ
▶2010年と2011年のレースでは、2年連続でEVの歴代最速記録(2010年:13分17秒57/2011年:12分20秒084)を樹立し、エレクトリッククラスの優勝を遂げられています。勝因はどんなところにあるのでしょうか?
「まず、車体を新たにつくり、モーターもバッテリーもその当時で最新のものを搭載したことがあげられます。そして、もうひとつは、年々、僕自身が変わって行った。EV特有のレースドライビングに慣れ、磨きをかけることができたということだと思います」
2010年から投入したオリジナルEV『HER-02』。EVクラス歴代最速の13分17秒57でクラス優勝。
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EV特有のドライビングとは?
「EVのまんべんなくパワーがでる特性を活かし、なるべくスムースで穏やかな操作をするということです。ガソリンエンジン車とは、まったくちがう走り方ですね」
「具体的に解説すると……たとえば、ガソリンエンジン車がカーブを曲がるときは、アウト・イン・アウトが基本となっていますよね。つまり、アウトからインの奥までできるだけ速いスピードで突っ込んでいって、寸前でフルブレーキングして、その後は一気に向きを変えながらアウトに向かって加速していくという走り方。ガソリンエンジン車は、ギアチェンジしながらポイントごとに一番おいしいパワーバンドのところを使って走るクルマなので、その方法がもっとも速いコーナリングとなるわけです」
「ところが、まんべんなくパワーがでて、ギアのないEVでは、その走り方は御法度なんです。アウト・イン・アウトのためにギューッとアクセルを踏み、ガッとブレーキングし、ハンドルを大きく切るという大げさな行為は、すべてがエネルギーの浪費になってしまい、いいタイムに繋がりません。しかも、バッテリーがすぐに減り、モーターの過熱を速めることもなってしまいます」
2011年は12分20秒084のタイムでEVクラス連覇を果たした。
「だから、レースにおいてEVは、カーブを曲がるときは、アクセルもブレーキもなるべく穏やかに踏み、ハンドル操作も小さく収め、できるだけカーブの曲がりに沿って、スーッときれいな半円を描くように走るのが理想ということになるんです。なんというか、『EVはカラダよりも頭を使ってスマートに走る』、そんなことが必要なんですよね」
「ちなみに、古くからのレースファンの多くは、そういう僕のコーナリングなどを見て、『あいつヘタクソだな』と思うみたいです。最高速がでるストレートも抑え気味に走っているし……。だけど、最終的にいいタイムがでるので、みんな、『あれ? なんで?』ってなるんですよ(笑)」
2011年のゴールシーン
エコな『ブルーアース』も勝利に貢献
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レースでは、毎年、市販のエコタイヤ『ブルーアース』に準じたものを履いて走られました。それは、なぜでしょうか?
「ガソリンエンジン車のような大げさな挙動をしない走行をするから、極端にグリップ力が高いレースタイヤを履く必要がまったくなかったんです」
「というか、一定のグリップ力をもちながらも、よく転がるブルーアースは、僕の乗っている250馬力程度のEVのスムースな走りにすごくフィットするものでした。もちろん、エネルギーロスを最小限に抑えるという効果も発揮してくれた。だから、いいタイムがだせたのは、ブルーアースのお陰でもあるんですよね」
横浜ゴムのエコタイヤ『ブルーアース』で参戦
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ちなみに、予選から決勝まで、何セットのブルーアースを使いましたか?
「1セットだけです。普通、レースでは何セットものレースタイヤをもちこむのが常識となっています。パイクスでもほかのチームはみんなそうしていました。でも、僕らだけ1セット。グリップ力よりも転がりのよさを重視してるから、それで十分だったんです」
「実際、それでベストタイムがでたので、馬力の小さいEVとよく転がるブルーアースの組み合わせは、『速いうえに非常にエコである』という強烈なアピールができたと思っています」
EVらしいレース観を取り戻したい
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2014年を最後に、『チーム・ヨコハマ EVチャレンジ』はパイクスへの参戦をやめました。何があったのでしょうか?
「ひとつは、オリジナルEVの性能の限界まで走りきったという実感があったから。そのころは、モーターとバッテリーの技術的なブレークスルーも止まっていたので、これ以上の改善の余地はないという判断が働いたんです」
「もうひとつは、僕らが2年連続で優勝したあとにドッと押し寄せるようになったEV参戦車が、どれも無節操なEVとなっていたからというのもあります。なんか僕らのめざすEVのレースじゃなくなりつつあったんですよね」
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どのような変化があったのでしょう?
「僕らは小さな馬力のEVで、大きな馬力のガソリンエンジン車に負けない速さを実現することをめざしていました。それがエコでもあるし、新しい時代のレースのカッコよさだと思っていたんです」
「ところが、ドッと押し寄せたメーカーや国家(国家プロジェクトによる参戦)がもちこんだEVの多くは、モンスター級の馬力をもち、ぶっといレースタイヤを履いたクルマばかりだったんです」
「たしかに、どれも速いは速いんですよ。でも、それらは、ガソリンエンジン車の延長線上で発想されたEVなので、ちっともエコじゃないし、新しい時代のカッコよさというものがまったく感じられなかった」
「なにしろ、大容量のバッテリーを充電するためにとんでもない量の電気を使い、たくさんのタイヤを用意して……。走りだって、まるでガソリンエンジン車のように挙動が大げさで……。もうね、お金をじゃぶじゃぶ使わないと勝てないレースになりつつあったんですよ。だから、そういうめざすものが違うところからは降りるしかない、となったわけです」
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では、塙さんのEVでのパイクスへの挑戦は完全に終了したということなのでしょうか?
「いや、そんなことないですよ。もう少しすると、劇的に効率が向上したバッテリーと、性能が一皮むけたモーターがでてくるはずなんです。そうなったら、僕は、それを積んだEVでもう一度トライするつもりでいます」
「そのときは、僕は、あえてゴーカートに毛が生えたような小さな馬力のコンパクトEVとエコタイヤで出場したいと思っている(笑)。それで大馬力のレースタイヤを履いたモンスターEVたちを打ち負かし、また本来のEVらしいレース観をつくりあげていきたいと考えているんです」
世界的レーサー塙郁夫さんが語る「EVの魅力」
(1) 大自然のなかを電気自動車で走りたい!
(2) 電気自動車はスマートな走りで勝負する!
(3) 意識改革して電気自動車ライフを楽しもう!
▼プロフィール
塙郁夫(はなわ・いくお)
1960年茨城県生まれ。高校3年生のときに『全日本オフロードレース選手権』でレースデビュー。その後も『JFWDAチャンピオンシップレースシリーズ』で10年連続チャンピオンを獲得するなど勝利を重ね、2001年に公式戦100勝を達成。また、1991年にはアメリカン・オフロードレースのビッグイベント『Baja1000』で日本人初完走(1991年)、クラス優勝(2002年)を遂げるなど、海外のオフロードレースにおいても大活躍。2009年~2014年のアメリカの『パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム』へのEVでの参戦と勝利は、世界中のEV熱を盛りあげる大きな要因のひとつとなった。