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BookReview(56)『車のある風景』―「ゲロ」や「ウンコ」の話も美しく昇華する珠玉のカーエッセイ

2024年9月17日更新

BookReview_56-1

著者の松任谷正隆氏は、音楽プロデューサーであり、作編曲家であり、モータージャーナリストである。そして、妻はあのユーミンこと松任谷由実氏である。

こんなきらびやかな肩書きの持ち主が書いたエッセイ集。本を開く前は、相当スノッブな1冊に違いないとの予想が立った。

だが、開いてみると、予想は180度外れていた。

確かに、文中には、愛車としてベンツやポルシェといったキラキラした高級車がたびたび登場してくる。しかし、氏は、そんなクルマでたくさんの情けない失敗を犯しており、その顛末を包み隠すことなく披露しているのだ。露悪趣味といえるほど露骨に。

目見当でいえば、およそ7割が失敗談で占められている。その中には、なんと「ゲロ」や「ウンコ」にまつわる尾籠な失敗談までもが数多く出てくる。

そもそも人の失敗談は面白いものだが、松任谷氏ほどの人物の失敗談となると、ますます面白みが増す。

読む者は、笑いながら楽しく読書が進められる。

もう、それだけで「いい本」ということができてしまう。

失敗からの自動車評論

だが、この本は失敗談を失敗談で終わらせていないところが多々あり、実は、そこに真の魅力がある。氏は、犯した失敗からさまざまなことを学び考え、それを後のカーライフ、人生に生かしており、その成長と変容が妙に心に響いてくるのだ。

例えばある日、氏は、ベンツなどの立派なクルマに食傷し、たまには下着のパンツのような小さくて身近なクルマが欲しいと思って日産スタンザに乗り出し、次いで「どうせならお洒落なパンツを」と思ってアルファロメオのアルファスッドTiに乗り出した。

ところが、このアルファスッドTiがひどいクルマだった。間違いなく大失敗の選択といえた。

〈夏には水温が上がり調子が俄然悪くなった。チョークの使い方が悪いとキャブレターがかぶり、エンジンはかかることさえしなかった。不思議な位置にブレーキローターがあり、そのせいで雨の中でブレーキをかけるともうもうと水蒸気が立ち上がった〉

しかし、氏は、こんなお洒落だけどひどいパンツをすぐには捨てず、しばらくのあいだ我慢して乗り続けた。すると、ひとつの悟りのようなものが開けてきた。
〈クルマは機械。機械とはそういうものだ〉

もともとクルマ好きであった氏は、これによりクルマへの知見をより深めていった。そして、そこからモータージャーナリストとしての新たな道を拓いていったのである――。

また、氏は幼少の頃から、クルマやバスに同乗する知人や友人の乗り物酔いにひどく悩まされてきた。
〈(遠足のバスで隣に座って乗り物酔いした親友が)急に僕の方を見たかと思うと「もうだめだ」と言った。バケツは間に合わない。代わりになるものは僕のリュックしかなかったのだ。咄嗟に僕はそれを差し出し、彼はリュックをバケツ代わりにした。その瞬間、僕の胃も縮み上がり、まるで自分も一緒に吐いたような気分になった。―略― そして僕は気付いたのだ。リュックの中には僕の弁当がある……〉

こうした経験をした氏は、長じてこんな考えを持つに至った。
〈乗り物酔いは乗り物に弱い人にとっては地獄だ。本人だけじゃなく、そのまわりにいる人間までも地獄に連れていかれる。どうしたら人が酔わない乗り物が出来るだろう。というのは、それからの僕のテーマになった。それはクルマの仕事を始めた今も変わらない〉

〈うそだろう、と思われるかもしれないが、僕のドライビングのテーマは酔わない運転、である。これにはかなり高度な知識とテクニックが必要だ。近くに酔いやすい人がいたら、その人で練習してみることを勧めたい〉

氏は、この本において、尾籠な記憶を汚いままに放っておかず、それを見事に実のある自動車評論へと昇華させているのである――。

エッセイの達人は露悪を巧みに差配しながら文章を書く人だという説がある。

今回、この本を読み、松任谷氏に新たにエッセイストという肩書きが付けられる可能性は決して小さくないだろうな、との思いを持った。

BookReview_56-2

『車のある風景』
・2023年11月発行 (2024年3月第2刷発行)
・著者:松任谷正隆
・発行:JAFメディアワークス
・価格:1,980円(税込)

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