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みらいのくるまの「ただいまのところ」情報
2023年12月14日更新
武蔵精密工業のEVモータースポーツ部がJEVRAのレースに投入している「MuSASHi D-REV シビックEVR」号は1990年代後半につくられたホンダシビック(EK9)がベース車両。バッテリーとモーターは初期の日産リーフの小さなものを積んでいる。
2021年の参戦初期はシビックをただコンバートした状態で、SPEC上はほぼリーフ。レースでは他車の後塵を拝することが多かった。
しかし、最近はまったく違う。表彰台常連のテスラ モデル3勢に次ぐ4位の成績を2022シーズンに1回、2023シーズンに2回挙げるなど、レース関係者や観衆を大いに驚かせている。
これほどまでに速くなった秘密は何か。今後は、どう進化させ、戦っていくつもりなのか。
引き続き加藤氏、山下氏、水谷氏の3名に話を聞いた。
最初のEV化は
専門業者に依頼
――レースに投入している「MuSASHi D-REV シビックEVR」号は、最初、どうやってつくったのですか?
加藤 われわれは機械工学の専門家なんですけど、当時は電気工学の知識がほとんどない状態。なので、EVへのコンバートは専門の会社であるOZ MOTORS社に最初お願いしました。40kWhのバッテリーと110kWのモーターは初期のリーフのリユースです。インバータはサードパーティのものを載せてもらいました。
――このクルマにはEVには珍しいトランスミッションが付いています。これは御社のものではないのですか?
加藤 トランスミッションはモーターの美味しいところを効率的に使う目的で付けています。本来であれば自社のギアBOXを使いたかったんですけど、EK9シビックのトランスミッションをそのまま流用しています。なぜなら、まずレースに早く参戦したかったのでそのほうが車両制作をする上で効率がよかったからです。それから、足回りの部品も自社の製品を使いたかったところ、レース仕様にしなければならない事情があったので、専用パーツを購入して取り付けています。ただ、どれも取付・調整・整備は自分たちでやっています。得意分野なので、ここはさすがに譲れません(笑)。いずれは、ギア類などの部品はすべて自社製にしたいと考えています。
社長から提案されたLICで
驚異の速さを実現
――バッテリー容量とモーター出力が小さい手づくりコンバートEVは、本来、遅いのが常識。事実、2021年の参戦当初の戦績は振るいませんでした。ところが、2022シーズンから急速に速くなり、表彰台目前となる4位を一度ゲットし、2023シーズンには4位を二度もゲットするまでになった。この常識破りの速さを実現できた理由を教えてください。
山下 2022シーズンは、2021シーズンのデータを踏まえて細かい調整をいろいろやったんですが、特にバッテリー冷却システムの改良を徹底的にやりました。第3戦の袖ケ浦で初めてレーサー鹿島選手のリーフe+(モーター出力160kW)と飯田章選手のMIRAI(モーター出力134kW)を抑えて4位になれたのは、それが大きかったと思っています。悔しいことに、あのときは僕じゃなくて、水谷がドライブしていたんですけどね(笑)。
――2023シーズンは、そのリーフe+とMIRAIにほとんど負けない快走を見せました。さらに一段進化した理由は?
山下 新たに搭載したリチウムイオンキャパシタ(LIC)と、CAN通信機器を導入した効果です。まず、LICの採用ですが……これは実は加藤が社長から「バッテリーの過熱で悩んでいるんだったら、グループ会社のLICを使ってみたらいいんじゃないか」と提案されたのがきっかけになっています。
――社長からの提案ですか。
加藤 そうなんです。弊社には武蔵エナジーソリューションズ株式会社という蓄電デバイス類を製造するグループ会社があるんですが、ある日、われわれが車両用バッテリーの冷却に四苦八苦していると聞いた社長が、その会社がつくるLICを採用してはどうかと提案してくれたんです。あれを搭載すれば、きっともっと速く走れるようになるはずだ、と……。
――それですぐに取り付けが決まったんですね。
山下 いえ、実をいうと、最初はどうするか結構迷いました。さっきもいったように、われわれは機械工学の専門家ですが、電気工学は素人同然。初めてその提案を聞いたときは、どういう効果があるかがよくわからず、「速く走るために車体を極限まで軽くしたいのに、LICを積んでクルマが重くなるのは嫌だなあ」とか、「やることがいっぱいあるのにさらにやることが増えるのは困ったことだなあ」とか思って搭載をためらっていました(苦笑)。ただ、その後ちょっと勉強してみたところ、LICが瞬発的に電力を入れ出しするデバイスで、バッテリー本体の温度上昇を抑える役割をすることがわかってきました。それで、「これはもしかしたらいい武器になるかも知れない」と思うに至り、とりあえず取り付けてみることにしました。そしたら、効果てきめん。いつもはレース後半にバッテリーが熱くなってスピードが出なくなっていたのに、その現象がかなり軽減されるようになったんです。今シーズン、レース後半になってもシビックより大きなモーター容量のクルマをアクセル全開でオーバーテイクできるようになったのは、明らかにこのLICのお陰。手のひら返しになりますけど、今では社長の慧眼に深く敬服し、感謝しています(笑)。
――そのLICの効用について、われわれ一般人にもわかるように説明していただけますか?
水谷 あくまでイメージですが、風呂桶が「バッテリー(LIB)」、風呂桶の水を貯めたバケツが「LIC」、水を電力、消化作業を負荷とします。火が発生した際、事前に水を貯めたバケツ(LIC)で優先的に初期消火しつつ風呂桶の水も直接かけて鎮火、火気のないタイミングで再度バケツに水を貯めて次に備えるといったイメージです。容量が小さなLICは大きなバッテリーの動作を都度都度アシストする役割をしてくれ、その分、バッテリー本体の動作負荷が少なくなり過熱もしにくくなるわけです。
――なるほど、LICは大きな風呂桶を補助する小さなバケツだったんですね。ちなみにそのLIC自体が過熱することはないんでしょうか?
水谷 LICはLIBに対して内部抵抗が小さく放電特性に優れているので、LIBに比べて発熱しにくいものになっています。
CAN通信機器が
運転を最適化
――では、もうひとつの新たな秘密兵器であるCAN通信機器について伺います。これはどんな機器なんでしょうか。
山下 ドライバー側とピット側の両方にバッテリーの状態が目で見てわかるようにするための機器です。僕が導入すべきだと強く主張し、取り付けが決まったものです。
――これを導入すべきと考えた理由は?
山下 参戦当初からわれわれはレース中のクルマのバッテリーの状態をピット側で見られるようにしていて、その情報の分析をもとにドライバーに無線で「バッテリーが熱くなっているからアクセルを緩めて」とか「バッテリーがまだ大丈夫だから踏み込め」とかの指示を出しています。ところが、2022シーズンの最終戦でドライバーとの通信が途絶える無線トラブルが起きた。そのときのドライバーは僕だったんですけど、バッテリーが残量も温度も問題なかったにもかかわらず、安全な状態かどうか分からなくなりピットインしてしまった。それで結果はビリに……。もう、それが悔しくて、二度とこんなことが起きないよう、導入の必要性を強く主張したというわけです。
――そうでしたか。しかし、これも皆さんの専門外の機器ですよね?
山下 そうです。CAN通信は僕らの専門外である情報工学の色合いが濃いので、正常に作動させるまでにはかなり苦労しました。情報工学に詳しい先輩に教えを請うて、ようやく使える状態にこぎ着けました。そのときはホッとしたと同時に「EVには、われわれ機械工学の者が学ぶべき難題が本当に多いなあ」とつくづく痛感させられました(笑)。レースに勝ちたいという意欲がなければ、たぶん一生やらなかったことですね。
――出来合いのクルマ、例えばテスラ車にはバッテリーの状態がドライバーでも目視できるシステムがもともと付いています。コンバートEVのシビックは、それをCAN通信機器を導入することによって可能にしたという理解でいいんでしょうか?
山下 その理解でだいたい大丈夫です。テスラ車の場合は、バッテリーが少々熱くなったらタッチスクリーンの画面がオレンジ色になり、危険な過熱状態になると赤色になるようになっていますけど、われわれのシステムではSOC(充電状態)何%とかバッテリー温度何℃とかの細かい数字が表示されるようになっているんです。
――導入後、どんな効果を実感されていますか?
山下 ピットでの分析だけでなく、ドライバー自身がバッテリーの状態を常に細かく確認することができ、ピットからの指示の妥当性もよくわかり、戸惑うことなくアクセルの加減ができます。それから、レース中にドライバーは「これでいいのだろうか?」という迷いを持つことがなく、ストレスを感じることがない分、レースに集中できます。
技術力で成し遂げたい
ジャイアントキリング
――最後に、来シーズン以降の目標をお聞かせください。
加藤 「いつまでに……」とは明言できませんが、やはり目標は表彰台のゲットです。できれば優勝も狙いたいですね。
――今シーズンの最終戦からJEVRAのEVレースにはEV-1クラス(モーター出力251kW以上)にエントリーするテスラ車が多数走るようになり、それ以外のクラスの小さなモーター出力の車両は4位入賞も難しい状況が生まれています。それでも、今のままのコンバートEV「MuSASHi D-REV シビックEVR」号で表彰台を目指される?
加藤 いえ、実は近い将来に容量の大きいバッテリーと出力の大きいモーターに載せ替えて戦うことも考えはじめています。そのときは、車体がもうシビックではなくなっている可能性もあります。
――そうなんですね。さらに戦闘力を高めた新たなコンバートEVを投入してテスラ車に勝つことを考えていらっしゃる、と。
加藤 はい。ただし、大きなバッテリーとモーターを搭載するにしても、テスラ車よりは小さなパワーのものを選びたいと思っています。なぜなら私らは誇りある技術者集団だから。比較的小さなパワーながらも、自らの技術力をもって総合的に戦闘力の高いクルマをつくりあげ、それで勝つことにこそ価値があり、喜びがあると考えているんです。観ている方々だって、そのほうがきっと楽しいはずです。
――確かに、ジャイアントキリングはわれわれ観る者の気持ちを多いに盛り上げます。近々、その日が来るのを楽しみに待ちたいと思います。本日は、興味深いお話をたくさんいただき、どうもありがとうございました。
武蔵精密工業「EVモータースポーツ部」の挑戦
(前編)「Go Far Beyond!」EVレース参戦は会社の枠を壊す冒険のひとつ
(中編)疾れ若き部員たち! 将来の電動車部品づくりを担う人材となれ
(後編)目指せ表彰台! 理想は小さなパワーでテスラ車に打ち勝つこと
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