ロングインタビューの最後は
地頭所選手が見据える未来について。
大学時代に起業した会社で
開発したいレース用ソフトとは?
エンジン車レースに参戦して
どんな夢を叶えたいのか?
返ってきた答えには
EVレース愛が満ちあふれていた。
レーシングパーツ販売中
——最後に、地頭所選手の今後の展望などをお聞きします。まず、レースの活動資金を調達するために友人と立ち上げたという会社のことから。レーシングパーツなどの代理販売を手がけているとのお話ですが、これからもその業務を続けていくんですか?
地頭所 基本的にはそうです。僕らの会社「JPエレクトリクス」は、現在、米国の「アンプラグド・パフォーマンス」の製品……テスラ車のブレーキやサスペンションをサーキット用にアップグレードするためのパーツを扱っています。日本にテスラ車はまだ多くないですし、チューニング文化も浸透していないため、そんなに売り上げがあるわけではありません。でも、いずれテスラ車の販売増とともにチューニング需要も増加していくことを期待し、地道に販売を続けていきます。まあ、レースが好きでテスラが好きだからこそできる仕事なんですけどね。
アンプラグド・パフォーマンスのブレーキキット
EVにエグゾースト音を!
—会社では、レーシングパーツの代理販売以外の業務も行っているんですか?
地頭所 ITの受託開発や、店舗経営のDX化に関連したコンサルティングなどもやっています。
——それはレースとは無関係ですよね?
地頭所 今のところはそうですが、デジタル技術を使ったレース関連のソフトをつくることも考えています。イメージしているのは、機械学習によって「動く車体」をトラッキングし、分析できるソフトなどです。たとえばドリフト競技の採点に応用できるんじゃないかと思っています。採点に客観性が生まれれば、きっと競技に広がりが出るはずですから。実は、このアイデア、僕が東大農学部の大学院で研究していたメダカの遊泳行動の定量化から思いついたものなんですよ。
——へえ、面白いですね。
地頭所 それから、レースに出場するEVにエグゾースト音を出せるようにするソフトの開発なんかも面白いと思います。
——EVはエンジン音がしないから迫力に欠けるという人が結構いますが、そんな不満を解消するソフトということですね。すでにポルシェタイカンは、オプションでエンジン音のようなサウンドが出るようになっているらしいですけど。
地頭所 そういう不満に応える部分もあるにはあります。でも、僕が考えているのは、レーサーが走行中にドライビングインフォメーションとして使えるエグゾースト音を出すことを目的としたソフトの開発です。人工音ではあっても、アクセルとスピードとの相関を音で表現できれば、レーサーはそれを指標にして適切なアクセルワークができ、繊細なドライビングをすることができます。いわば研ぎ澄まされた五感を最大限にサポートするためのレーシングパーツ。僕はそういうものをつくりたいんです。
——EVにも微かにウィーンというモーター音が響きますけど、あれでは駄目なんですね?
地頭所 モーター音はアクセルに比例していない部分があるので、いい指標にはなりません。そして、気持ちの昂ぶりをもたらす官能性にも欠けている。ガソリンエンジン車は大量にCO2を排出するので、いずれなくなっていくのは仕方がないにしても、あの音だけは残さないといけない。EVによるモータースポーツは、それによってよりエキサイティングなものになっていくはずです。
スーパーGTを目指す理由
——ところで最近、地頭所選手はEVレースのかたわらエンジン車レースにも参戦しています。2021シーズンは、86/BRZレースのエキスパートクラスに年間参戦し、シリーズチャンピオンに輝いています。2022シーズンはプロフェッショナルクラスにステップアップして戦うことになっていますが、引き続き、エンジン車レースにも力を注ぐつもりですか?
地頭所 はい。エンジン車レースは実力派レーサーが鎬(しのぎ)を削っているので、そこでいい成績が残せれば自分の実力を証明できる。そういうチャレンジは、レーサーとしてやっぱりやっておきたいんですよね。それに、僕は小学生の頃からスーパーGTに憧れを持っていて、いずれは、そこで走ってみたいという思いが熱く残っています。結果がどうなるかはわかりませんが、それにチャレンジするためにエンジン車レースへの参戦をやめるつもりはありません。
——では、スーパーGT参戦が実現した暁には、EVレースを離れる?
地頭所 いいえ、それはないです。EVレースは僕のレーサーとしての原点です。面白みがわかっているし、育ててくれた感謝もあるから、できるだけ長く走り続けたいと思っています。僕はいずれヨーロッパで開催されている国際的な電動ツーリングカー選手権「FIA eツーリングカー・ワールドカップ」に参戦したいという夢も持っているんです。そのためにはスーパーGTを走れるレベルのレーサーになる必要があります。つまり、スーパーGTへのチャレンジは夢の実現に直結する道なんです。なので、しばらくは二足の草鞋のままいくことになります。
——そうなんですね。安心しました。
地頭所 現状では、全日本EVグランプリシリーズはまだまだ知名度が高くなく、観客数も多くないわけですが、一人のレーサーとしてできる限りのことをしたいという思いもあります。僕が世の中でよく知られているエンジン車レースで活躍する中でEVレースに参戦していれば、「あのプロレーサーが参戦するEVレース」ということで話題になり、参戦者や観客が多くなることにつながるかもしれません。あくまで理想ですけど、そういう貢献ができたらいいと思っています。
——素晴らしい考えだと思います。今シーズン、EVレースとエンジン車レース両方での地頭所選手の活躍を祈っています。
地頭所 ありがとうございます。とりあえず今シーズンの全日本EVグランプリシリーズでは、そう簡単ではないにしても各レースで優勝を重ね、年間の総合部門で5連覇達成を目指します。そして、その勢いのまま「EVレースといったら地頭所」と言われるくらいのレーサーなりたいと思っています。もうやる気満々、野心満々で頑張ります。どうぞご期待ください。
2022全日本EVグランプリシリーズ(All Japan EV-GP Series)第1戦の地頭所選手
EVキーマンに聞く/EVレース王者 地頭所光選手
①「小学生時代、ラジコンカーが僕のレース本能に火をつけた」
②「10分間の初カート体験。これが人生のターニングポイントになった」
③「“カートからレーサー”は無理と感じ、東大受験に専念」
④「“東大の神”と呼ばれた僕(笑)。偶然のEVレース参戦で夢が再燃」
⑤「4連覇できたのは、圧倒的に速いテスラ車を駆っていたから」
⑥「2022シーズンは強敵だらけ。5連覇はそう簡単じゃない」
⑦「トップレーサーになって、EVのワールドカップに挑戦したい」
地頭所光(じとうしょ・ひかる)
1996年千葉県生まれ。小学生のときにラジコンカーの趣味がきっかけでスーパーGTを観るようになり、レーサーになる夢を持つ。中学1年から高校2年にかけてカートレースを経験。2016年に東京大学に入学してからは自動車部に所属してジムカーナやラリーに出場して勝利を重ねた。大学3年時からJEVRA主催の全日本EVグランプリシリーズ(ALL JAPAN EV-GP SERIES)に参戦し、2021年のシリーズまで4連覇を達成。また、2021年にはTGR 86/BRZ Raceのクラブマンエキスパートクラスにも参戦し、開幕から6勝してシリーズチャンピオンに輝いている。2022年シーズンの目標は全日本EVグランプリシリーズの5連覇と、GR 86/BRZ Raceプロクラスでの優勝およびFIA-F4でのシリーズ入賞。