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クルマのトラブル「もしも」マニュアル

Vol.52 フードデリバリーの自転車が増える中、「自転車の保険」の義務化が急!(前編)

2020年8月25日更新



【今回のやっちゃったストーリー】

東京にある私立大学に通っている地方出身のUくん(大学2年生・20歳)。生活費や遊興費の足しにしようと、入学当初からフードデリバリーサービス会社に登録し、自転車配達員(以下、配達員)の仕事をしている。
この仕事は、スマホアプリで配達する日時が自由に選べ、がんばればけっこうな額の報酬が得られ、時代の先端を行くカッコよさもあるので、かなり気に入っていた。
「働く時間や場所に縛りがあって人間関係にも気を遣わなきゃいけないフツーのバイトは絶対にやれない。自由にお金を稼いで自由に生きたいんだよ、オレは。わかる?」
そんなUくん、2020年の春は、かつてない大忙しとなった。コロナ禍で「ステイホーム」を実践する人たちが増えてデリバリー需要が急拡大し、Uくん自身も大学にも行けず時間があり余っていたため、それこそ雨の日も風の日も自分のスポーツバイクで配達を繰り返す状況となったのだ。コロナ禍を嘆く気持ちはあるにせよ、効率よく稼げるのはやっぱりうれしいことだった。
だが、そうした日々の中で思いがけない悲劇が起こる――。
ある日の雨の夜、配達を終えたUくんは自分のアパートの一室に戻るべく、人気のほとんどない住宅街の狭い道路を軽やかに疾走していた。ところが、あと5分少々で自宅に着くあたりにある十字路で一時停止することなくクイッと左に曲がったら、目の前におじいさんがいて、ぶつかりそうになった。「わっ」、Uくんは若い反射神経を発揮して、とっさにおじいさんとの正面衝突を避けた。が、おじいさんが驚いてあげた左手に、ハンドル部分が少し当たってしまう。バシッ。
一瞬なにが起きたのかわからなかったおじいさんは、マスク姿のまましばし呆然。同じくマスク姿のUくんも数メートル先からおじいさんの様子をじっとうかがっていた。その間、Uくんは心の中で、「あー、あぶなかった。でも、衝突しないでよかったよ」と安堵したり、「しかし、じいさん、なんでこんな時機にフラフラ出歩いてんだよ。家で大人しくしてろよな」と暴言を吐いたりしていた。
と、数秒経って、おじいさんが突然「あたたたた!」との声を発しだした。そして、右手で左手をさすりながら「骨が折れたみたいじゃ。救急車、救急車を呼んでくれい」と叫びはじめた。
Uくん、「なに大げさなこといってんだよ、もう」と思ったが、痛がる様子がけっこう真に迫っていたため、仕方なく救急車を呼び、同時に警察にも一報を入れた。それから、数メートルのディスタンスをキープしたまま「おじいさん、いま救急車と警察を呼びましたから、ちょっとそのまま待っててください。……あのう、それで、少しかすっちゃったみたいで、なんだかすみませんでしたね」との中途半端な詫びを入れた。
実はUくん、事態をそれほど深刻には受けとめていなかった。もし本当に骨折していたとしたら、それなりに申し訳ないとは思うけれど、会社側から仕事中になにか事故があった場合は会社が契約している損害保険が適用されると聞いていたので、なんとかなると思っていたのだ。この局面さえ乗り切れば、後は会社と保険会社に任せればいいだけ、そう楽観していた。
なので、とりあえずUくん、その場から会社にも事故の報告を入れておいた(コロナ禍でコールセンターが休業中だったのでメールで連絡)。
[さきほど、配達が終わって家に帰る途中、自転車が歩行者の手に接触し、ケガをさせた可能性があります。すでに救急車を呼び、警察に連絡しました。具体的にどういうケガなのかまだわかりません。もし大きなケガだった場合は、保険の適用をお願いします]
すると、意外にもすぐに会社から電話が入った。しかし、その内容は期待していたものとはまったく異なっていた。
「あのお、Uさん、それって配達を終えて帰宅するときに起こした事故なんですよね。うーん、だったら、ウチが契約している保険の適用外の事故になりますね。残念だけど、被害者の方のケガの治療費や慰謝料は自分で支払いをしてもらうしかないです。たとえば加入している自転車保険を使うとかして……」
ガーン!
(以下、急激に青ざめたUくんの心の叫び)
『え、え、え、なにそれ。配達が終わったあとは業務外となって保険が効かないって、どういうこと? そんなこと説明されたっけ? いや、ぜんぜん覚えがないよ』
『あと、なに、自分の自転車保険を使って弁償しろって? まあ、2020年4月から東京では自転車保険の加入が義務付けられたので、いつかは入らなきゃって思っていたけどさ、そんなすぐには加入しないって。そもそも自転車に乗っているのってほとんど配達のときだし、入っていなくったって罰則があるわけじゃないわけだしさ』
もう、こうなると、おじいさんのケガが軽い打撲で済むことを願うしかなかった。だが、診察の結果、全治2ヵ月の小指の骨折と判明。その治療費と慰謝料として約30万円をUくんが支払うことで示談が成立した(前方不注意による人身事故の刑事責任は、今回は問われなかった)。
学生のUくんにとって、一括での示談金支払いは到底ムリだった。Uくんはおじいさんに深く深くアタマを下げて月3万円ずつを10ヵ月払い続ける分割払いを認めてもらい、それでなんとか賠償責任を果たすことにした。
こんなことがあってからというものUくんは、気に入っていたフードデリバリーの仕事にも嫌気がさし始めていた。しかし、だとしても仕事を辞めるわけにはいかなかった。その後もUくんは、雨の日も風の日も、学業をこれまで以上に疎かにしつつ自転車をこぎ続けたのである。嗚呼。

自転車の事故件数が
都市部ではアップ傾向

日本全国の交通事故件数は年々減少しています。それに伴って自転車による事故も漸次減ってきています。

しかし、都市部では違った傾向が見られます。例えば東京都では、ここ数年、自転車が関係する事故の件数がアップ傾向にあります。当然、交通事故全体における自転車の事故の割合=自転車関与率もアップ気味。2019年の関与率はなんと4割近くになっています。



どうしてこんなことになってしまっているのでしょうか?

基本的な要因としては、東京都の自転車の保有台数がかなり多くなってきていることが挙げられます。単純に自転車が多ければ、それだけ事故の件数も比率も多くなるという計算です。そして、自転車にはクルマのような安全支援装置が備わっていないことや、自転車を走らせる者の安全意識が十分でないことなどが、それにさらに拍車をかけているとの指摘がされています。

また最近では、より具体的な現象も要因として加わりはじめています。

それは、2016年ごろから都市部、特に東京23区でフードデリバリーサービスの自転車がたくさん走るようになったこと。フードデリバリーサービスは新しい都市の機能として定着しつつあるわけですが、その中で安全運転対策は、フードデリバリーサービス会社側にせよ行政側にせよ後手を踏んだ格好です。

SNS上などで飛び交う
配達員による事故の話題

実際、雑誌やSNS上では、フードデリバリーサービスの配達員による交通被害を訴える記述がずいぶんと増えてきています。

「近くをすごいスピードで走り抜けていって怖い思いをした」からはじまり、「ぶつかって大事なモノを壊された」「ケガをした」などなどが並び、中には「当て逃げされた!」との訴えをするものまであったりします。それらの多くは、歩行者目線での記述です。

また、自転車側が被害者となる事故も目立ってきています。2020年春のコロナ禍の最中には、デリバリー業務中に自動車と衝突して配達員の若者が死亡するという痛ましい事故があり、各メディアがそれを大きく取り上げました。

いずれにせよ、フードデリバリーサービスの活況で、都市部における自転車事故がこれまでとは違ったフェイズを迎えたのは間違いないところ。これは自転車だけの問題ではなく、歩行者も頭を切り替える必要がありそうです。

配達員が業務中の事故なら
保険は適用されるけれど……

ところで、もし今回の事例のように、歩行者とフードデリバリーサービスの自転車との事故が発生したら、どうなるのでしょうか。

一つ安心できそうな材料があります。ほとんどのフードデリバリーサービスを行う会社は、事故が起きた場合に備えて、配達員用の損害保険を契約しています。その保険は、配達員が事故の被害者になり傷害を負った場合の医療費などを補償するだけでなく、対人・対物事故を起こしてしまった場合には被害者への賠償の補償も出る内容になっています。

ただし、それでも全面的に安心とまではいきません。なぜなら、その保険は業務中の事故のみを対象にしているからです。すなわち、配達員の通勤中や配達ではない移動中の事故は、保険の適用外となってしまうのです。配達員がUくんと同じように通勤中に事故を起こした場合は、個人として自腹で払うしかない、ということになります。

安心なようで不安もそこそこ……。なんとも中途半端な状況です。歩行者はもちろん、配達員だってモヤモヤが晴れません。

この状況を解消するには、ズバリ、配達員みんなが個人で自転車の保険に加入すれはいいのでは……。これさえ実現すれば、きっと歩行者も配達員もいまよりもずっと安心して公道をゆけるようになるはずです。

こんなことを言うと、中には「現状、自転車の保険に進んで加入している人はそんなにいないはず。事はそうカンタンにはいかないんじゃないの?」と思われる方もいるでしょう。確かに、今まではそんな感じがありました。

でも、もう、そうじゃありません。フードデリバリーサービスの配達員だけでなく、自転車を利用する多くの人が自転車の保険に加入する方向へと、世の中の流れが変わり始めているのです。

現在、日本全国の自治体で自転車の保険への加入を義務化する動きが急。この事実、皆さん、ご存じだったでしょうか?(後編に続く)

フードデリバリーの自転車が増える中、「自転車の保険」の義務化が急!(前編)

フードデリバリーの自転車が増える中、「自転車の保険」の義務化が急!(後編)

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