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クルマのトラブル「もしも」マニュアル
2020年8月18日更新
【今回のやっちゃったストーリー】
Sさん(50歳)は、リフォームを中心に請け負う小さな工務店を営んでいる。週に何回か、工具や資材を積んだバンを走らせ、あちこちの家の内装を変えたり戸や窓の修繕をして回っている。基本的にリーズナブルな工賃でやっているので大した儲けにはならないが、ちゃんと家族も養えているので、それなりに平穏に日々を過ごしている。
そんなSさん、2019年の12月の初めごろに「このたび道交法の改正があり、『ながら運転』の罰則がこれまで以上に厳しくなりました」とのラジオのニュースをチラッと耳にして、ちょっと心がざわついた。実は、道がわからないときは、運転中にスマホを手で持ってカーナビとして使うことがあったので、「まずいかも?」との懸念がアタマをもたげたのだ。
そこでその夜、クルマの世界に詳しい幼なじみを居酒屋に誘い、自分の行動の是非を聞いてみた。同じ50歳のおじさんである幼なじみは、Sさんの質問にこんな風に答えてくれた。
「スマホを手持ちしてカーナビとして使ってんのか。うーん、たまにだとしても、そりゃ、まずいよな。もともと運転中にスマホを手でもって使う『ながら運転』は取り締まりの対象なんだけどさ、こんどの道交法の改正では、それが警察に見つかったら、これまで以上の罰金と違反点数が発生することになったんだよ。ええっと、違反点数はたしか1点が3点になったんだっけかな……」
「あとさ、これはスマホを手に持っていてもホルダーに固定していても同じなんだけど、その画面に気を取られて事故を起こしたとしたら、もっと厳しい罰則が下るようになったんだよ。もれなく一発免停になるし、ひどい事故だったら刑務所行きだってあるらしい……」
Sさん、幼なじみのこの解説を聞いていっぺんに酔いがさめた。一発免停も刑務所行きもゴメンこうむりたいのはもちろんだったが、そもそも自分の運転免許の点数は違反点数3点(免停まで残り3点)なので、もし、手持ちスマホを一回でも取り締まられたら免停となってしまう。そうなったら、少なくとも1ヵ月の間は仕事ができなくなると思ったら、身とココロがスーッと冷たくなったのだ。
「まあ、だから、あれだな。せめて取り締まられるリスクを小さくするために、手持ち使用はやめといたほうがいいんじゃないか? スマホを固定するホルダーとかを付けてさ、それをあまりジッと見ないようにしてカーナビとして使えばいいんだよ」
翌日、Sさんは幼なじみの助言どおり、クルマ用品の量販店に行ってスマホ用ホルダーをクルマに取り付けた。「これで一安心だ」。そう思い、Sさんは再び穏やかな日々へと戻っていった。
だが、しばらくして、恐れていたこと以上のことが起こってしまう――。
ある日、ちょっと遠くのほうにある家の台所の修繕の仕事が終わってからの帰り道、Sさんは早く帰宅しようと有料道路に乗り入れた。ところが、たった5分ほど走っただけで突然の大渋滞に遭遇してしまう。掲示板を見ると事故渋滞とのこと。どうもしばらくは動きそうもない。やれやれ。
そんななかSさんは、どうしたかというと、当たり前のようにスマホに入っている将棋アプリを起動させて、将棋を指し始めた。実はスマホ用ホルダーを取り付けて以来、片手でカンタンに操作できるようになったことから、渋滞のときはときどきこれをやるようになっていた。Sさんに「まずいことをしている」という意識はまったくなかった。逆に正当な行為との自信を持ってやっていた。あのとき幼なじみが「赤信号とかで停まっているときなら、スマホを手で持って使っていいし、注視しても違反じゃないんだよな」といった言葉がその自信を裏付けていた。
それが大いなる不幸を招く行為と気付いたのは、将棋の一局が終盤に差し掛かったときのことだった。対戦相手のコンピュータが大手飛車取りの一手を打ってきて万事休すとなり、さて、どうやってこの難局を切り抜けるべきかと熟考していたとき、Sさんは視界の片隅で前のクルマがゆるゆると進みだしたのを認識した。「あ、ちょっと動いたな」と思ったSさんは、自身もやはりゆるゆると前進した。だが、そのとき目は前方をうっすら捉えつつも主にスマホ上の将棋盤に集中していたため、その後すぐに前のクルマがピタッと停まった瞬間を見逃してしまった。そのため、それに気付いて「わっ」と叫んでとっさにブレーキを踏んだときは、すでに手遅れ(いや、足遅れ)。クルマが止まる直前にゴンと軽微ながらも鈍い衝突音が車内に響き、Sさんの『ながら運転』による追突事故が成立してしまったのであった。
現場に駆けつけた警官への言い逃れもまったくできなかった。なぜなら、事故の寸前にSさんがスマホの画面を注視している様子が、前のクルマの後方に備えられたドライブレコーダーにバッチリと録画されていたからだ。
はてさて、この後、いったいどんな厳しい罰則が下されるのか。いずれにしても、Sさんの現実生活が大手飛車取りの状態で詰まれてしまうであろうことは疑いようのない事実だった。嗚呼。
運転中のスマホの手持ち使用の
反則金と違反点数は3倍に!
運転中にスマートフォンなどを使用する「ながら運転」を禁じる道路交通法は、実はけっこう早くから施行されています。
最初の施行は1999年。このころはスマートフォンではなく携帯電話が主流だったので、主に運転中に携帯電話等を手に持ったり画面を注視したりすることをNGとする内容になっていました。
ただし、このときの罰則の対象は「ながら運転」をしていて事故をはじめとする交通の危険を生じさせた場合のみに限られていました。
それが改正されたのは2004年のこと。こんどは「ながら運転」によって交通の危険を生じさせた場合だけでなく、スマートフォンなどを手に持って使いながらの運転も取り締まり対象になり、見つかれば、それ相応の罰が下されることとなりました。「ながら運転」は全面的に禁止、となったのです。
そして、2019年12月1日の改正道交法の施行。取り締まりの対象は従前どおりなのですが、スマートフォンを手に持って使用していた場合の反則金と違反点数が3倍に引き上げられるなど、罰則内容は2004年の内容をはるかに上回る厳しいものとなりました。
今回のSさんのケースは、スマートフォンを手に持ってはいなかったものの、画面を注視して事故を起こしてしまったので、例え軽微な事故であったとしても道路交通法違反「携帯電話の使用等(交通の危険)」となるわけです。
よって、その罰則は反則金ではなく「1年以下の懲役又は30万円以下の罰金」という厳しいもの。違反点数も6点で、すでに違反点数3点だったSさんの違反点数合計は9点で、Sさんに前歴がないとしても免許の停止期間は60日となります。非難と同情の両方の思いを込めて「残念」と言うほかありません。
厳罰化でドライバーの自制を促す
「ながら運転」がこれほどに厳罰化されたのには、もちろんワケがあります。
近年、「ながら運転」が禁止されているにも関わらず、それに起因する事故は増える一方でした。しかも、死亡事故の原因として「ながら運転」によるものが目立ってきていました。今回の厳罰化は、こうした嘆かわしい事態を何とかするための動きであると言えます。
気軽に一つの画面でなんでもできてしまう便利なスマートフォンが多くの人の手に行き渡っている現在、もし何もしなければ、今後も「ながら運転」とそれに起因する事故は増え続けることが予想されました。
しかし、今回の厳罰化によって、この傾向に歯止めがかかることが期待されています。
道路交通法は、世の中の交通の在り方を受けて改正されています。
この「ながら運転」の厳罰化のように刑罰によって強い抑止を行おうというときは、その背後に悲惨で世の中に強いインパクトを与えた事故の発生と、その事故を過去のものにしたくないという遺族や関係者の働きかけがあるものです。
過去に飲酒事故に対する厳罰化は、1999年11月28日に発生した東名飲酒事故(幼い姉妹が焼死)が起点となりました。同様に、今回の「ながら運転」の厳罰化には、2016年10月16日に愛知県で起きた、ながらスマホ事故による小学生の死亡事故などいくつかの重大事故が作用しています。
厳罰化は、「もうこうした交通事故は起こしてほしくない」という遺族をはじめとした世の中の人々の思いを背景とし、ドライバーに「ながら運転」への自制を促すものです。
残念ながら、今回、Sさんにはそうした思いが及ばなかったようですが、そんなSさんも相当に痛い目に遭った以上、「もう二度と『ながら運転』はしない」と心に固く誓っているに違いありません。
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